大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)1051号 判決 1967年4月06日

上告人

佐藤和男

右訴訟代理人

八島喜久夫

被上告人

伊藤規

被上告人

庄司ちよ

右両名訴訟代理人

庄司作五郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人八島喜久夫の上告理由一について。

宅地に転用するための農地の売買においては、農地法五条所定の県知事の許可があつたときに、はじめて、売主から買主への所有権移転の効果を生ずるから、該所有権移転の登記をなすべき売主の義務は、右許可があつたときに発生するものと解すべきで、したがつて、民法五三三条の規定の趣旨に照らして、契約に定められた売買代金の支払期限が到来しても、特別の事情のない限り、一般に県知事の許可がない間は、買主の代金債務と履行上けん連関係に立つ所有権移転登記義務が発生しないため、買主においては所有権移転登記手続のできるまで代金債務の履行を拒絶することができると解すべきであるが、しかし、一方県知事あるいは登記所に対する転用のための許可申請、所有権移転登記の申請については、法律上双方申請主義がとられている(農地法五条、農地法施行規則六条、二条二項、不動産登記法二六条)ので、当事者双方は売買契約に基づきその手続の完成に協力すべき義務があり、売主がこの義務を履行するため債務の本旨に従つた弁済の準備行為をしたにも拘らず、買主がその義務を履行しないときには、売主は、買主の県知事に対する許可申請手続の懈怠により、契約をした目的を達し得ないから、これを理由として、民法五四一条により契約を解除することができると解すべきである。

ところで、原審が確定したところによれば、上告人は昭和三三年二月七日被上告人先代伊藤雄吾から、本件土地を代金五〇万円で買い受け、内金四五、〇〇〇円を支払い、残代金の支払期限を昭和三三年五月三一日と約定したが、代金支払前に右土地の所有権移転登記をうけ、これを利用して売買残代金の金策を得るため、被上告人先代伊藤雄吾から、手続一切を任されて、契約締結と同時に登記手続およびその前提たる農地法五条所定の許可申請手続(売買契約当時本件土地は畑であつた。)に必要な書類の交付を受けたのに、上告人は右代金支払期限の同年五月三一日までに特段の事情もないのに何らこれらの手続をせず(同日までに県知事に対する前記許可申請のなされなかつたことは原判決からうかがわれる。)、履行期を徒過し、自ら招いた知事の許可のないことおよび登記手続の未了を理由として、売買残代金を支払わなかつたので、右伊藤雄吾の相続人である被上告人伊藤規は上告人に昭和三三年六月二〇日頃残代金の支払を催告したうえ、その不払を理由に同年七月一八日契約解除の意思表示をしたというのである。このような場合においては、契約解除の前提となつた残代金支払の催告の意思表示なかには、県知事に対する許可申請等をなすべき催告の意思表示をも包含すると解すべきであり、したがつて、右契約解除の意思表示は、右手続をしないことを理由とする契約解除の意思表示をも含むと解すべきである。そうすれば、前記説示に照らし、本件売買契約は、昭和三三年七月一八日有効に解除されたというべきである。原判決の判断は、契約解除を有効とすることにおいて、結局正当というべきである。

論旨は、また、伊藤雄吾が昭和三三年五月三日死亡し、被上告人伊藤規が相続をしたのであるから、あらためて自己の名義で相続登記をしたうえ、所有権移転登記手続に必要な書類を上告人に交付するのでなければ、上告人が代金支払期限を徒過したからといつて、履行遅滞におちいらず、被上告人伊藤規は、右代金不払を理由に本件売買契約を解除することはできないという。よつて考えるに、本件売買契約に基づく所有権移転登記がすまないうち、昭和三三年五月三日伊藤雄吾が死亡し、相続により、被上告人伊藤規が所有権移転登記義務を承継したことは、原審が当事者間に争ない事実として確定したところである(もつとも、同被上告人の登記義務の内容は、所論のごとく、同被上告人が相続登記をしたうえで「同被上告人から上告人への移転登記」をすることではなく、単純に、「伊藤雄吾から上告人への移転登記」をすることである。)。しかしながら、前記のように、伊藤雄吾は本件売買契約の本旨に従つた許可申請および登記申請義務をつくしたのであり、その後現実に登記が完了しないうちに死亡したため、その相続人である被上告人伊藤規を許可および登記申請人とするように前記書類を改めなければならなくなつたとしても、それは、まずもつて、許可および登記手続を一任され、関係書類の交付まで受けた上告人の方から被上告人伊藤規に対し請求すべき筋合のものであり、上告人がこの措置に出なかつたため、右書類の改訂がなされなかつたからといつて、さきに伊藤雄吾がした履行の提供が適法性を失い、被上告人伊藤規が改めて自己を申請人とする書類を交付しなければ、本旨に従つた履行の提供がなく、したがつて、上告人が代金支払期限を徒過しても履行遅滞にならず、解除はその要件を欠くと考えなければならない理はない。よつて、上告人の論旨は、いずれにしても、採用できない。

同二について。

原審の証拠関係に徴すれば、伊藤雄吾や被上告人の側において、上告人の主張するような手段を用いて、県知事の許可や登記手続を遅延阻止させたことを確認し難い旨の原審の判断および被上告人伊藤規が、昭和三三年六月二〇日頃、上告人に対し、代金の支払を催告した旨の原審の認定は、いずれも、是認できないものではなく、論旨は、ひつきよう、証拠の取捨判断および事実の認定に関する原審の専権行使を非難するにすぎないものであつて、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例